身近な思考停止に気をつける

 「興味深い」は思考停止かも?
 例えば、テレビや何かで物語や意見を見たり聞いたりしたときの反応。「なるほど」「興味深い」で終わらせてしまったり、「へえ」「そうなんだ」と感心するばかりだと、きっと何者にもなれない。何年かすれば綺麗さっぱり忘れているだろう。同じような理由で「勉強になる」「ためになる」的な言葉も建設的なようでいて何も建設していにゃい。全米が泣いた!ぐらいに全米が泣いていない・・・

 自分の考えを入れないで記憶すると、それはエピソード記憶として長期保存されないのだ

 エピソード記憶(Wikipedia)
 エピソード記憶は「一回限り」の学習機構であると考えられている。あるエピソードを一回体験しただけで、それを記憶するのである。一方、意味記憶は繰り返し同じ事物を記憶することが影響する。その事物に触れるたびに脳内の意味表現は変化していく。(略)エピソード記憶は常に意味記憶に洗練(精製)されていると考えている。その場合、特定のイベントについてのエピソード的情報は一般化され、イベント的詳細は失われる・・・
  
 たとえ他人のエピソードだって、自分の意見や考えが入っていけばエピソード記憶として学習し忘れにくし記憶の更新も楽しくなるんじゃないか?

 ただ、これを逆に利用して学校のテストとか受験勉強的な記憶術があるみたいだから、まァそういうのが好きで無駄に覚えたいひとは存分にやってほしい。もちろん心地よい思考停止もあるので、すべてがその限りじゃないしガス抜き的な興味深いも必要だしね